2026-05-21

第2回|新旧社員の給与格差が縮まるとき

前回は、「2026年のベトナム労働市場の特徴を知る~関税・チャイナシフト・AIが形づくる足元の動向」というテーマを整理しました。まだお読みでない方、また読み返したい方はこちらからどうぞ。


給与圧縮(Pay Compression)が起きる、ふたつの場面

在職者を適切に処遇してきたつもりでも、気づけば新入社員との給与差がほとんどなくなっていた。そんな状況が、賃金管理の現場では珍しくありません。どのような場面で起きやすいのか、ふたつのケースから見てみましょう。

【ケース①:給与レンジを更新した場合】 

採用市場での競争が激しくなったため、ある職種の給与レンジ(Min〜Max)を全体的に引き上げた。引き上げ後の新レンジ内に収まっている既存社員については特段の給与調整はしなかった。その後、新しいMin値付近の水準で新入社員を採用したところ、新旧社員の給与格差が以前よりもはっきりと縮まって見えるようになった。

【ケース②:最低賃金が改定された場合】 

政府の最低賃金引き上げに伴い、給与レンジのMin値を切り上げた。その際、Min値を下回った社員と新入社員については新Min値に合わせた是正を行ったが、すでにMin値以上にいる社員については法令上の問題がないとして特段の調整はしなかった。結果として、Min値をわずかに上回る位置にいた在職者と、新Min値付近で採用された新入社員との差が縮まった。

ベトナムでは、最低賃金の引き上げ分をそのまま一律ベースアップで対応する企業も多く、このケースがあてはまる場面は限られますが、最低賃金改定をきっかけに給与圧縮が生じることもあります。

ふたつのケースに共通するのは、外部要因によって給与レンジのMin値(または全体)が引き上げられた際に既存社員の給与を据え置いたことで、その社員の「レンジ内の給与位置」が相対的に下がるという構造です。

この現象を、賃金管理の世界では「給与圧縮(Pay Compression)」と呼びます。給与に関わる外部環境の変化と、社内の昇給管理のペースとのずれから生じる、構造的な課題です。


ベトナムで給与圧縮が起きやすい理由

ベトナムでは、給与圧縮を引き起こす要因がふたつ重なっています。

1つめは、政府による最低賃金の頻繁な改定です。

ベトナムの最低賃金はコロナ禍の一時期を除き、近年は概ね年に一度のペースで引き上げが続いており、2022年以降も毎年5〜7%前後の改定が行われています。製造業の直接労働者層では、最低賃金の改定に合わせて在職者にも一律ベースアップを行う工場が多く見られ、それができるなら給与圧縮は回避できます。ただし、最低賃金とは直接関係のない水準にいる社員まで一律に引き上げることは総人件費への影響も小さくなく、評価に応じた昇給原資が圧迫されるという問題も生じます。この扱いに課題を感じている経営者も少なくありません。

2つめは、中途採用時の構造的な問題です。

ICONICが2026年1〜3月に実施したベトナム求職者動向調査(近日公開予定)によると、転職時に期待する昇給プレミアムのボリュームゾーンは+10〜20%程度です。これに対し、多くの企業の定期昇給率は年平均+5〜7%程度にとどまります。市場から同程度の経験を持つ人材を中途採用すると、既存の在職者より高い水準でオファーせざるを得ないケースが構造的に生じやすい状況にあります。


小さな差が、じわじわと積み上がる

給与圧縮のやっかいな点は、特に間接部門では、問題が小さく見えるうちに見過ごされてしまいがちなことです。

製造現場の直接労働者と比べ、間接部門では給与水準が比較的高いため、1年単位での給与圧縮のインパクトはわずかに感じられます。しかし、これが3年・5年と積み重なると、気づいたときには新旧の差がほぼなくなっている、という状況になります。単年度では見えにくいからこそ、蓄積されてから一気に問題化しやすいのです。

従業員が問題を察知したとき、直接的に給与交渉を求めてくることもあれば、静かに転職活動を進めるケースもあります。いずれの場合も、その段階では差がすでに積み上がった後であることが多く、事後の個別対応では組織全体の公平感を保つことが難しくなります。


どの社員に、どこまで調整するか

給与圧縮への対処は、0か100かの話ではありません。

一律ベースアップのように在職者全員の給与を一斉に引き上げれば圧縮は回避できますが、総人件費は大幅に増加します。

一方で何もしなければ、不満が蓄積して離職につながりかねません。

圧縮回避のための給与調整によるコスト増を受け入れるか、既存社員からの不満に耐えるかというトレードオフを意識しながら、「どの社員に、どこまで調整するか」の基準をひくことが求められます。


給与位置を昇給ロジックに組み込む

対処を考えるうえでの出発点になるのが、レンジ更新後に既存社員の給与位置がどう変化したかという点です。

社内の賃金バランスの是正に向けた実務的なアプローチとして、給与レンジを4つのゾーン(例:①Min〜P25、②P25〜Med、③Med〜P75、④P75〜Max)に分けて考える昇給ロジックがとられることがあります。

①のゾーンに位置する社員に対しては、定期昇給時にプレミアム料率を加算して適用し、給与位置を段階的に引き上げる設計です。逆に④のゾーンにはディスカウント料率を乗じることもあります。こうすることで、給与位置が低い社員ほど昇給率を手厚く、高い社員ほど抑えることができます。この傾斜配分により、社内の賃金バランスや公平性をコントロールしようとする仕組みの一例です。

とはいえ、人件費予算に限りがある中でこの調整を行う場合は、給与位置だけでなく評定条件や要職ポストか否かといった条件を掛け合わせ、調整対象者を厳選するという考え方もあります。


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横浜国立大学卒業後、経営コンサルティング企業で中小企業の新規事業支援を担当。2006年よりJICAウガンダで職業訓練校を調査し、2007年にベトナムの三井住友銀行ホーチミン支店で法人営業を担当。2010年からICONICベトナム法人にて組織人事コンサルティング事業の立ち上げに従事し、支援した人事制度構築プロジェクトは150件超。2023年、ICONICベトナム法人のGeneral Directorに就任。賃金管理士。ISO30414リードコンサルタント/アセッサー。

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