2026-06-18

第6回|ローカル幹部の給与設計

前回は、「基本給・手当・賞与の配分をどう決めるか~ベトナムでのPay Mix設計論~」というテーマを整理しました。まだお読みでない方、また読み返したい方はこちらからどうぞ。


ローカル幹部の処遇設計に、意図や根拠はあるか

ベトナム進出企業の多くは、一般スタッフから中間管理職にかけての等級・賃金レンジを整備しています。しかし、ローカル人材がマネージャー・シニアマネージャーを経てディレクターや副社長といった幹部層に到達したとき、その処遇が制度として整備されているかと問われると、答えに詰まる企業は少なくありません。

実態は「一般スタッフ向けに設計した等級・賃金レンジをそのまま上に伸ばした」ケースや、「採用・登用時の個別交渉がそのまま固定化した」ケースのいずれかであることが多く、意図的に設計されたというより、気がつけばそうなっていた状態であったりします。


なぜ今、この問題が浮上しているのか

ベトナム進出企業において、現地法人の運営をローカル幹部に委ねる動きは着実に進んでいます。製造・オペレーション管理を担うだけでなく、事業の戦略判断や顧客・パートナーとの関係構築、人材組織の整備まで担う役割がローカル人材に求められるケースが増えています。

会社にとっても、こうした幹部ポストは現地法人にとって欠かせない唯一無二の要職ポストです。長く信頼を積み重ねてきたローカル人材だからこそ任せられる役割であることが多く、会社側にとっても登用される社員を大切にしたいという気持ちは当然あります。社員側も、通常、会社からの期待に応えたい気持ちが大いにあります。

しかし、求められる職責の重さがこれまでと大きく変わる一方で、処遇は従来の等級・賃金レンジのなだらかな延長線上にとどまり続けるとしたら、どうでしょうか。高まるプレッシャーと処遇の据え置きが対照的になるにつれ、「職責に対して処遇が見合っていない」という感覚がじわじわとコミットメントを損なわせていきます。これは双方が望む状態ではありません。

労使双方が納得感をもって職責に向き合える状態をつくるために、ローカル幹部の報酬設計にどう向き合えばよいか、今回はこの論点を整理します。


経営幹部の報酬設計が一般社員と異なる点

経営幹部の報酬設計には、一般社員と異なるいくつかの構造的な特性があります。

まず、シングルインカンバント(単一在籍者)問題があります。CFOにせよ、営業ディレクターにせよ、ベトナム現地法人にそのポストは通常ひとりしかいません。一般社員のようにサンプルデータ数が多くないため、市場比較のための統計的な精度が得にくいという性質がまずもってあります。このような単一在籍者のポストでは、業界軸だけでなく、「その役割が置かれた組織の規模(売上・従業員数等)」もベンチマークの主要な軸になりやすく、業種を超えた横断的な比較も有効です。

次に、Pay Mixが一般社員と異なるべきという点があります。第5回の記事で触れたように、経営幹部層では組織の成果との連動性を高める観点から、変動給の比率を一般社員より引き上げる設計が一般的です。また、変動給の構成要素として、年次業績賞与に代表されるような短期インセンティブ(STI, Short Term Incentive)もさることながら、長期インセンティブ(LTI, Long Term Incentive)を組み合わせることも一般的です。

ベトナムにおけるLTIの導入状況としても、地場の上場企業を中心に、幹部・中核人材向けのESOP(従業員持株制度)の活用事例が見られます。外資系現地法人においても、上場親会社を持つ企業を中心にベトナム人従業員を株式報酬プログラムの対象に含めるケースが出てきており、関連する法整備も進んでいます(Circular 23/2024/TT-NHNN等)。

一方、非上場の現地法人においては株式型のLTIではなく、キャッシュベースのLTIを企業が独自に運営する仕組みがベトナムでも一部で実践されており、現実的な選択肢として検討に値します。たとえば、年次賞与の一部を即時払いせず2〜3年後に在籍を条件に支払う繰延賞与、あるいは3年間の累積売上や営業利益等の達成度に応じてサイクル終了時にキャッシュで支払う複数年業績連動報酬などがその代表例です。前者は幹部人材の定着を促すことを、後者は中長期の成果への関心を高めることを主な目的としており、いずれも株式を使わずにLTIの機能を代替しようとする取り組みです。


「現地法人幹部」といっても、職責の実態は大きく異なる

また、現地法人のローカル幹部報酬を検討する上で、必ず押さえておくべきこととして、その幹部ポストの実質的な役割範囲(権限・責任・影響範囲)に適した処遇設計にすることです。

「現地法人の経営幹部」とひとくちに言っても、その実態が「本社から与えられたミッションを遂行する実行部隊のトップ」なのか、「独立採算の経営を任された経営責任者」なのかによって、本来あるべき処遇設計は異なります。

前者のように、「本社からの受託業務が主体で、事業の方向性や投資判断の権限が現地にほとんどない構造」の場合、組織のヒエラルキー上は現地法人の経営幹部であっても、グループ全体の職責感でいえば本社の部課長クラスと変わらないこともあり、処遇もその目線で設計することが合理的です。変動報酬を組み込む意義も、現地法人の業績を自ら動かせる立場にない以上、限定的になります。

一方、後者のように、「独立採算で現地法人の経営を担い、損益管理・投資判断・事業戦略・人材組織から顧客・取引先との関係構築まで、経営全般の意思決定を自律的に行う構造」の場合は、現地法人を一つの事業体として捉え、そのトップに対する経営幹部報酬の設計思想が必要になります。固定給だけでなく業績連動インセンティブを組み込む意義が大きく、処遇水準も経営幹部の市場データを参照すべきです。

「現地法人のディレクター」という肩書ではなく、その役職が現地法人の業績に対してどれだけの影響力と責任を持っているかという問いへの答えが、処遇設計の出発点になります。

その上で、変動報酬を設計する際には、STI・LTIを問わずそのポストの職責に対し「何をもって業績とするか」の評価軸を事前に明確にしておくことが不可欠です。現地法人の財務指標・事業目標をローカル幹部自身が納得できる形で変動報酬に連動させることが、制度への信頼の前提になります。


現物給付の位置づけ

現金報酬だけで幹部層の処遇競争力を出しにくい場面では、現物給付をパッケージに組み合わせる設計がよく見られます。現金給与の引き上げに各種の労務・税務上のコストが連動するという構造上の理由もあり、現物給付は幹部報酬パッケージを設計する際の重要な要素のひとつです。

社用車(またはカーアロワンス)は、現地ディレクター・副社長層向けに広く見られる処遇慣行です。移動手段としての実用性に加え、社内外に幹部としての地位を示す象徴的な意味合いも持ちます。

医療保険については、補償限度額が高く適用対象となる家族メンバーの範囲が広いプランや、外資系医療機関での受診に対応した国際水準の医療保険など、一般社員向けとは異なる上位プランを幹部層に付与する企業は少なくありません。

対外的な関係構築や業務上の意思決定を担う幹部ポストにおいては、一定の交際・業務費用を自己裁量で使える経費枠(社用クレジットカードの貸与を含む)が付与されることもあります。

子女教育費支援については、大手外資系や一部の地場大企業において、上級幹部層向けに提供されるケースがあり、都市部ではローカル幹部の子弟がインターナショナルスクールに通う例も珍しくありません。当該ポストの職責のサイズ感と会社規模によって判断が分かれる要素です。

これらの現物給付は、現金給与の市場比較だけでは見えない処遇差として機能することも多く、幹部採用の際に候補者側から交渉の俎上に上がることもあります。また、制度化されずに個別対応の積み重ねになりがちな領域でもあり、幹部報酬を整備する際には現物給付の対象・内容・条件を明文化しておくことが、透明性と内部公平感の観点から重要です。


ローカル幹部の報酬設計の手順

ローカル幹部の報酬設計を検討する際、以下の順序で考えると整理しやすくなります。

まず、役割のスコープを定義する。現地法人における当該ポストの権限・責任・影響規模を明確にし、それが市場の中でどのレベルの役割に相当するかを整理します。

次に、業界軸と企業規模軸を組み合わせたベンチマークを心がける。幹部層の給与ベンチマークでは、業界軸のデータだけに頼ると母集団が小さくなりがちです。現地法人の規模感(売上・従業員数等)を軸とした業種横断の比較データも組み合わせ、複数の視点から市場水準を確認することが有効です。

そして、Pay Mixと現物給付をあわせて設計する。固定給の水準だけでなく、変動給をどの程度組み込むか、また、現物給付の内容・条件をどう明文化するかまで含めて整備することが、幹部層に対する処遇の制度化につながります。


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📍次回予告(第7回)

人件費を「コスト」から「投資」に変える思考法

次回は、「人件費を『コスト』から『投資』に変える思考法」をテーマに取り上げます。「給与を上げるのはコストがかかる」という感覚はある意味自然ですが、ひとり辞めたときに実際にかかる採用・引き継ぎ・立ち上がりのコストを計算してみると、給与競争力に投資することの方が安くつく、というケースは少なくありません。こうした数字の計算の仕方や、人件費の増加を「投資」という側面から捉え直すとどう見えてくるか、を整理します。

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横浜国立大学卒業後、経営コンサルティング企業で中小企業の新規事業支援を担当。 2006年よりJICAウガンダで職業訓練校を調査し、2007年にベトナムの三井住友銀行ホーチミン支店で法人営業を担当。 2010年からICONICベトナム法人にて組織人事コンサルティング事業の立ち上げに従事し、支援した人事制度構築プロジェクトは150件超。 2023年、ICONICベトナム法人のGeneral Directorに就任。賃金管理士。 ISO30414リードコンサルタント/アセッサー。コーネル大学ILRスクール/報酬・福利厚生プログラム修了。

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