2026-07-07

第8回|給与の見せ方を、戦略的に考える

前回は、「人件費を「コスト」から「投資」に変える思考法」というテーマを整理しました。まだお読みでない方、また読み返したい方はこちらからどうぞ。


給与は「見えている」を前提に、制度と開示度を考える

「給与に関する情報は、企業の方針にかかわらず、社員間で共有されることが往々にしてあります。「非開示」の姿勢をとっていても情報が流通しうることを前提に、制度設計と開示方針を考えることが現実的な出発点となります。
 
その際、開示するかしないか以前の問題としておさえておきたいのが、「万が一、社員間で情報が共有されたとしても、合理的に説明のつく人事制度設計と人事判断であるように徹する」という姿勢です。ブラックボックスがないことを前提に、等級・評価・給与決定の根拠を丁寧に設計しておくことが、いかなる情報管理方針をとるにせよ、土台となります。

その上で、「どこまで、どのように開示するか」という開示度の設計も、重要な人事コミュニケーション上の判断です。情報を非開示にしすぎると、社員が断片的な情報だけをもとに、会社の意図とは異なる解釈をしてしまうことがあります。「なぜ自分の給与はこうなのか」「会社の基準はどうなっているのか」という文脈が伝わらないまま、点の情報だけが一人歩きするような状況を避けるためにも、ある程度の開示度を戦略的に確保することは、制度への信頼を守るうえでも有効な手段になります。


給与情報の開示度を6段階で考える

Pay Transparency(給与の透明性)とは、給与に関する情報をどの範囲で開示するかという概念です。この開示度は、以下の6段階で整理することができます。

段階 概要
① Full Secrecy(完全非開示) 給与は個人の問題として一切開示しない
② Philosophy Only(理念のみ) 給与の考え方・方針だけが開示される
③ Grade Visibility(等級の可視化) 誰がどの等級にいるかが開示される
④ Range Visibility・職群内
(賃金レンジの部分開示)
自分の属する職群内の給与レンジが開示される
⑤ Range Visibility・全社
(賃金レンジの全社開示)
全職群の給与レンジが全社員に開示される
⑥ Full Transparency(完全開示) 全員の個人給与が公開される

どの段階が適切かは、組織の規模・人事制度の成熟度・人事方針によって異なります人事制度が整備途上であったり組織規模がまだ小さい段階では、①〜②にとどまることが多いのが実態です。規模が拡大し、等級制度や賃金テーブルの整備が進むにつれ、③程度の開示度は標準的な姿として定着していきます。そのうえで、給与の透明性を高めることで社員との信頼関係をより強固にしていきたいと考えるようになったとき、④以上の開示度へ引き上げることを検討するというのが、一般的な流れと言えるでしょう。


ベトナムの「給与開示義務」は、実は世界水準でも高い

2019年労働法第93条及び政令145/2020/ND-CP第43条によると、賃金等級表・賃金テーブル(Thang lương, Bảng lương)の整備と社員への情報開示を義務づけており、開示度の6段階でいえば④〜⑤の水準を法令上求めていると考えることができます。

実務上は、全社一斉公示ではなく「問い合わせがあった本人にのみ説明する」といったオンデマンド型の運用も見られます。法令の趣旨に沿いつつ開示範囲を実質的にコントロールする、現実的な対応のひとつです。

グローバルに目を向けると、ベトナムにおけるこの給与開示義務の水準の高さが際立ちます。EUのPay Transparency指令(2026年国内法化)は求人票レンジ記載や従業員の情報請求権を含みますが、賃金テーブルそのものの全社開示義務ではありません。米国各州法も求人票記載が中心で、一部の州が既存社員からの問い合わせへの回答を義務づける程度にとどまります。日本では男女間賃金差異の外部公開義務はあるものの、既存社員への給与レンジ開示を求める規定はありません。

「賃金テーブルを社員に向けて開示する」という社内的な透明性の次元では、ベトナムはかなり先行した要請水準を持つ国のひとつです。ベトナムにおいて社内的なPay Transparencyを確保することは、実は法令の趣旨としても求められていることであり、積極的に検討し対策を打っていくべき賃金管理のポイントの1つでもあるのです。


給与開示度を上げるなら、管理職の教育が先

給与の開示度を高めるということは、社員が「これはどういう意味か」「なぜそうなっているのか」と疑問を持ったときに、最初の問い合わせ窓口となる管理職が、筋道立てて答えられる状態にしておくことが極めて重要になることを意味します。制度の整備だけが先行して、説明する側の準備が追いついていなければ、開示が混乱や不満の引き金になりかねません。

特に現場でよく出る問いとして、以下のようなものがあります。一般的な回答例と共に示します。

「なぜ給与レンジにこれほど幅があるのですか?」

【回答例】

同じ等級の中にも、その職責に就いたばかりの人から十分に習熟した人まで幅があります。レンジの下限は「この等級への入口」を、上限は「この等級における習熟の目安」を示しており、幅があることで各人の成長段階や貢献を処遇に反映できます。

「同じ役職レベルなのに、職種が違うと給与水準が違うのはなぜですか?」

【回答例】

理由は大きく2つあります。ひとつは市場の需給状況に起因するもので、採用競争が激しい職種はどうしても相場が高くなり、社内の給与水準においてもある程度この外部環境が影響を与えます。もうひとつは会社としての戦略的な判断で、事業上の重要度や優先度が高い職種群については、社内での職務価値評価が高くなり、結果として意図的に給与水準を高めに設定しているケースもあります。どちらの場合も、あなた個人の評価とは別の話で、その職種を取り巻く外部環境や前提条件の違いが理由です。

こうしたよくある社員からの問いに対して管理職が答えられるよう、想定問答の整備や管理職向けの事前説明・人事教育を行うことは、Pay Transparencyを実効あるものにするうえで欠かせない準備です。人事制度の開示度を上げることと、管理職の人事対話力を高めることは、セットで取り組むべきテーマと言えます。


最新のベトナム給与相場をデータで知るために、ぜひ給与調査にご参加ください。

「どこまで開示するか」を戦略的に考えるためにも、まず「自社の給与水準が市場のどの位置にあるか」を客観的に把握することが出発点になります。ICONICが実施するベトナム給与調査2026は、幅広い業種・職種の実支給データをベトナム全土から収集しており、自社の給与水準を市場と客観的に比較するためのデータとしてご活用いただけます。参加企業はサマリーデータを無料で閲覧可能です。ぜひご参加をご検討ください。   

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📍次回予告(第9回)

賃金管理のプロが推奨する、昇給案稟議資料の作り方

次回は、「賃金管理のプロが推奨する、昇給案稟議資料の作り方」をテーマに取り上げます。本社への稟議であれ、現地法人内の経営会議であれ、給与に関する判断を意思決定者に納得してもらうためには、感覚ではなくデータとロジックで組み立てた説明が必要です。引き上げるべきか、現状維持が妥当か、その判断を裏付けるために市場データをどう読み、どんな構成で伝えれば意思決定者が動くのか、説得力ある提案の構成を整理します。 

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横浜国立大学卒業後、経営コンサルティング企業で中小企業の新規事業支援を担当。 2006年よりJICAウガンダで職業訓練校を調査し、2007年にベトナムの三井住友銀行ホーチミン支店で法人営業を担当。 2010年からICONICベトナム法人にて組織人事コンサルティング事業の立ち上げに従事し、支援した人事制度構築プロジェクトは150件超。 2023年、ICONICベトナム法人のGeneral Directorに就任。賃金管理士。 ISO30414リードコンサルタント/アセッサー。コーネル大学ILRスクール/報酬・福利厚生プログラム修了。

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