本日は、特別連載(全10回)「ベトナム賃金管理入門」の第4回をお届けします。
今年のベトナム給与調査期間中の毎週木曜日に、ベトナムでの企業経営における賃金管理の必須知識を掘り下げてお届けしております。
第3回の記事「その制度”いざという時”に企業を守れるか?ベトナム労働法を踏まえた賢い設計とは?」をまだお読みでない方、また読み返したい方はこちらからどうぞ。
ある日、ベトナム人の人事マネージャーがこう言ってきます。
「この社員、今年は200万ドンは上げるべきです」
えっ、そんなに?──そう思った方、きっと少なくないはずです。
実は、日本人とベトナム人の間には、昇給に対する感覚に大きなギャップがあります。
今回はそのギャップが生まれる背景と現場でありがちなすれ違い、そしてそれにどう向き合えばいいのかを整理してみます。
ベトナム人マネージャーが「昇給すべき」と感じる理由
ベトナムでは、生活コストの上昇を見越して「毎年ある程度の昇給が期待される」傾向があります。特に都市部では、家賃や生活費の上昇が続いており、前年と同じ給与水準では実質的に生活が苦しくなるという感覚が一般的です。こうした背景から、現地マネージャーの目線では、一定の昇給がないと「会社が評価していない」と受け取られやすいという事情があります。
昇給感覚のギャップ ── 背景にある経済環境の違い
日本とベトナムで昇給に対する感覚が異なるのは、「文化」ではなく、「経済環境の違い」が大きく影響しています。
たとえば、ベトナムではこの10年で平均昇給率が約10%から5%台へと落ち着いてきたとはいえ、現在も多くの企業で年5〜10%前後の昇給が実施されています。物価上昇や最低賃金の引き上げが、社員の昇給期待に直結していることも背景にあります。
(※ベトナムの過去10年間の昇給率動向推移は、「2024年版ベトナム給与調査レポート無料ガイド」でも取り上げています)
一方の日本では、近年「賃上げ」が注目されており、厚生労働省の「賃金引上げ等の実態に関する調査」によると、2023年に3.2%、2024年には4.1%と、あしもとの動きとしては過去にない水準の昇給率が実現されつつあります。 とはいえ、それ以前の10年間は、常時、年2%前後と「静的な昇給環境」が長く続いてきたことも事実です。そのため、こうした状況に慣れ親しんだ本社側との感覚の「ズレ」が、いまなおベトナム現地とのギャップとして表面化しやすい背景となっているのです。
どう対応すべきか?現実的なヒント
1.昇給率の感覚は「日本基準」からいったん離れて、ベトナムの実態を見る
ベトナムでは、消費者物価指数(CPI)や最低賃金の上昇率が社員の昇給への期待感に直結しており、それらも含め、出来上がりとしては毎年5〜10%の昇給が自然に求められる土壌があります。
日本の本社には、「インフレ環境での昇給運用は日本と別物である」ことを丁寧に説明し、理解を得る努力が必要です。そのためにも、消費者物価指数(CPI)や最低賃金、他社の給与水準や昇給状況などの客観的な労働市場データを集めておき、説得材料として備える姿勢は、現地法人の経営を預かる立場として不可欠です。
2.昇給ルールは「定数」ではなく「変数」化して柔軟に運用する
毎年の昇給率を「B評価は5%、A評価は7.5%、S評価は10%」といった定数で固定してしまうと、年ごとの市場環境や財務状況の変化に対応しにくくなります。
そこで有効なのが、基準昇給率を変数(X)として設計し、毎年Xを見直す仕組みです。
例えば、B評価=X%、A評価=Xの1.5倍、S評価=Xの2倍というように設定すれば、柔軟に昇給水準を調整しながらも、ルールとしての一貫性を持って運用できます。
また、C評価=Xの0.5倍、D評価=Xの0倍(=昇給なし)とあらかじめ明示しておけば、「なぜこの人は昇給しなかったのか?」という説明もしやすくなります。さらに、D評価で「昇給なし」というルールを制度として決めておけば、将来的に有事の人事対応が必要な場合の選択肢としても機能します。
3.昇給率だけでなく、「昇給後の給与水準」の競争力も加味する
たとえば、自社の給与が相場からかけ離れて低い水準にある場合、たとえ世間と同程度の昇給率(例:6%)で運用しても、昇給後の給与水準は相場からさらに引き離されることになり、競争力はむしろ悪化します。
逆に、自社の給与がすでに相場より高い場合、世間並みの昇給率で運用し続けると、必要以上に給与を上げすぎてしまうことにもなります。そして、前回の記事で書いたように、ベトナムでは固定給を下げることは、原則として本人の同意がなければできません(労働法第33条・102条・127条)。つまり、一度上げた給与が将来の経営の柔軟性を制限する「下げられないコスト」になるのです。
だからこそ、昇給率の相場だけでなく、「昇給後の給与水準」の絶対額が労働市場の中でどの程度の競争力にあるのかを確認する視点も欠かせません。
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📍次回予告(第5回)
賃金レンジを超えた社員に“毎年昇給”は必要か?
「昇給は当然」という前提が通用しなくなるのは、賃金レンジの上限に達した社員への対応時。制度上の対応と、モチベーションを維持するための賃金管理方法について考えます。