本日は、特別連載(全10回)「ベトナム賃金管理入門」の第5回をお届けします。
ベトナム給与調査期間中(5月8日~7月31日)の毎週木曜日に、ベトナムでの企業経営における賃金管理の必須知識を掘り下げてお届けしております。
第4回の記事「そんなに上げるの⁉ベトナム人マネジャーとの温度差」をまだお読みでない方、また読み返したい方はこちらからどうぞ。
「この人、もう賃金レンジの上限に到達しているけど…今年も昇給させるべき?」
この問いに対して明確な制度上の方針がないと、現場では「まあ上げるしかないよね」といった曖昧な対応が常態化してしまいます。その結果、制度が機能せず、組織全体の人件費がコントロールしづらくなります。
そこで今回は、賃金レンジの上限に到達した社員への対応をテーマに、状況別の打ち手と、制度運用のための考え方をご紹介します。
賃金レンジ上限に達した社員への「4つの基本ケースとその対応策」
前提として、すべての社員に一律に「昇給=当然」とするのではなく、その社員が上限に達した背景を冷静に見極め、複数の対応策から適切なものを選べるようにしておくことが重要です。
以下に挙げる4つのケースとその対応策は、いずれも実務の現場で多く見られるケースです。
【ケース1】昇格に値する実績があり、次のレベルのポストに空きがある場合
状況例: 現職で高い成果を出しており、該当ポストも空いている
対応策: 昇格を通じて、上位等級の賃金レンジへ移行させる
【ケース2】昇格に値する実績はあるが、ポストが空いていない場合
状況例: 昇格させたいが、該当ポストに空きがない
対応策:
- 要員計画の見直し|昇格先となるポスト数が本当に妥当なのかを再検証する
- キャリアパスの見直し|専門性をいかした「エキスパート職」など管理職以外のキャリアパスを設ける。そうすることで、管理職ポストの空きを気にせず、優秀人材を上位等級に昇格させやすくする。
- 賃金レンジ自体の見直し|優秀な社員の上限到達が早すぎる場合、賃金レンジの上限値が適切かを再検証する
【ケース3】当面昇格見込みは薄く、現等級の範囲で管理すべきと判断される場合
状況例: 現状の役割を超える貢献は当面見込めない
対応策: 現在の役割における評価に応じて、昇給停止または昇給抑制を明示し、制度化する
(例:S評価=基準昇給額の75%、A評価=その50%、B評価=その25%、C評価以下=昇給ゼロなど)
【ケース4】すぐではないが、育成により将来的に昇格の可能性がある場合
状況例: 潜在能力は感じられるが、現時点では十分な実績や能力が伴っていない
対応策: ケース3と同様に、評価に応じた昇給抑制または昇給停止を基本としつつ、上限到達している社員の直属上司と育成目標を合意し、次回評価で昇格できるよう育成を強化する
上限に達したまま現等級に留まる社員のモチベーション管理法
上記のいずれの対応をとった場合でも、しばらくは今の等級にとどまるしかない社員が出てくることがあります。その際には、モチベーションや納得感をどう担保するかが重要です。
とくに、貢献度の高い社員には、その貢献に対する報い方の工夫が必要です。
この時、主に以下3つの方針が考えられます。
【方針1】昇給率は抑制しつつも「基本給」の昇給を継続する
賃金レンジを「絶対に逸脱してはならない厳格な上下限値」ではなく、「大体の目安となるガイドライン」として運用し、一定の柔軟性をもたせて昇給を継続する方針です。
ある程度の柔軟性を許容し、優秀な人材のモチベーションを下げないように配慮する考え方です。
【方針2】昇給額分を「”追加の”賞与や一時金」として支給する
賃金レンジの上限は厳格に守りつつ、評価に応じた昇給相当額を、通常の賞与に上乗せする「”追加の”賞与や一時金」として支給する方針です。
社員の貢献には報いつつも、翌年以降に人件費の影響を持ち越さないため、財務的にもコントロールがしやすいのが特長です。
【方針3】超過分を「調整手当」などの名目で別枠支給する
賃金レンジの上限を超える部分を「調整手当」などの名目で支給する方針です。あえて基本給とは別枠での支給とし、以後の昇給や賞与の算出基礎には含めないことで、昇給効果は限定しつつも、一定の処遇上の配慮を可能とします。
ただし、この手法は、安易に取りがちな一方で、制度上の透明性を保つのが難しい側面もあり、最も企業としてのスタンスが中途半端になるリスクがあります。それゆえ、導入には慎重な判断が求められます。
最後に
賃金レンジの上限に到達した社員に対しては、やみくもに昇給を継続するのではなく、状況に応じた複数の選択肢を用意しておくことが大切です。これは、制度を守るだけでなく、社員との信頼関係を守ることにもつながります。
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📍次回予告(第6回)
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