2025-07-17

第9回|賃金設計のその先へ。制度を持続的に機能させる見直しの視点

ベトナム給与調査期間中(5月8日~7月31日)の毎週木曜日に、ベトナムでの企業経営における賃金管理の必須知識を掘り下げてお届けしております。

第8回の記事「報酬設計の考え方:自社にとってちょうどいい給与水準とは?(事例解説編)」をまだお読みでない方、また読み返したい方はこちらからどうぞ。

 


 

賃金レンジを一度設計しても、制度はつくって終わりではありません。給与相場は毎年少しずつ動きますし、事業成長や戦略転換によって、組織や人材に求める要件も変わっていきます。

今回は、賃金制度を機能させ続けるために必要な見直しの視点として、以下2つのアプローチをご紹介します。

①毎年の定期点検による短期メンテナンス

②事業・人事方針に合わせて見直す中長期メンテナンス


【視点1】短期メンテナンス:毎年の定期点検


賃金制度を機能させ続けるには、「毎年、相場と照らして賃金レンジの妥当性を確認する」習慣づけが不可欠です。この定期点検の目的は、毎年、賃金レンジを上げることではなく、今年も現行の賃金レンジで妥当かを判断することにあります。

給与相場に大きな変化がなければ「今年は据え置き」と判断してよいのです。大切なのは、感覚ではなく相場データに基づいて判断したという事実です。

また、コストを抑えた運用をしたい企業では、次のような工夫をしているケースもあります。

  • 有料の給与ベンチマークレポートは2〜3年に一度の購入に絞る

  • その間は給与調査への参加特典や無料の公開レポートを複数組み合わせてチェックする

このように、毎年のメンテナンスで重要なのは、給与相場チェックを習慣化することです。賃金レンジを動かすためだけでなく、動かさずに維持する判断にも、根拠が必要です。


【視点2】中長期メンテナンス:事業・人事方針に合わせた見直し


一方で、中長期的な事業環境や戦略の変化に合わせて、賃金制度を含む人事制度全体の構造から見直す必要が出てくる局面もあります。

ここでは、人事の実務現場でよく見られる人事制度全体を見直すきっかけとなる場面を4つご紹介します。

1. ベトナム拠点の役割が事業戦略面で大きく変化したとき

たとえば、ベトナム法人の位置づけが、ローコストの製造拠点やオフショア開発拠点から、戦略的市場開拓拠点へと変わっていく場合。「指示された業務をきっちりこなす安定型人材」から「自律的に動ける提案型人材」へと求める人材像が大きく変わることがあります。

このような場面では、最低限、以下の観点での見直しが必要になるでしょう。

  • 新たに求める人材像を採用・定着できるだけの賃金水準となっているか

  • 人事評価制度における評価軸が、新たな人材像に求める行動や成果に連動しているか

  • 求める行動や成果に応じた合理的な処遇反映ができる制度となっているか

2. 新しい職種・スキルの人材を取り込む必要が出てきたとき

たとえば、ベトナム拠点を東南アジア地域における製造ハブ拠点として位置づけ、高度な専門性をもつエンジニアや、対日本本社だけではないグローバル対応ができる人材の確保が不可欠となった場合。既存の等級構成や賃金レンジだけでは対応しきれない可能性が大いにあります。

このような場面では、以下のような制度面の拡張を検討する必要が出てくるでしょう。

  • 既存等級に収まらない職種や専門性に対応した新等級の追加

  • 高い専門性を活かしたエキスパート職としてのキャリアパスの新設と期待役割の定義

  • 新しい職種・スキルの人材に見合う賃金レンジの追加設計

3. 人件費の最適化が求められるとき

たとえば、勤続昇給を続けた結果、貢献度に見合わない高コストのシニア層が増えてしまった場合。成り行きで出来上がってしまった現状の賃金分布をそのまま受け入れるのではなく、期待される役割と貢献度に基づいた妥当な賃金水準を再定義し是正に向けた具体的なアクションが求められます。

このような場面では、少なくとも、以下のような見直しが必要になるでしょう。

  • 期待役割に沿った賃金レンジの再定義

  • 上限超過者への処遇方針の見直し

  • 評価基準の見直し(成果評価へのウェイトを増やす等)

  • ペイミックスの調整(変動給の比率を増やす 等)

新任の社長など、トップ交代を契機に抜本的な人事制度刷新が行われることも多い局面です。

4. ローカル社員の経営幹部登用を推進すべきとき

近年、日系企業でも、経営幹部層にベトナム人ローカル社員を登用する動きが広がっています。このような人事面でのローカライズが本格化したことで、既存制度ではカバーしきれていない経営幹部層向けの等級・報酬制度の拡張が必要となるケースが増えています。

このような場面では、少なくとも以下のような制度拡張の検討が必要になるでしょう。

  • 既存の等級構成に、新たに経営幹部向けの等級を拡張する

  • 経営幹部向けの報酬レンジとペイミックスを適切に定義し直す

  • 経営幹部への昇格要件の明示

これらは、単なる賃金レンジの調整とは異なり、既存制度との連動性も踏まえつつ、自社の将来を担う要職ポストに魅力的な制度を構築する視座が求められます。


最後に


このように、賃金制度を機能させ続けるには、短期(=毎年の相場チェック)と中長期(=事業・人事方針に合わせた見直し)の両面からメンテナンスが必要です。

これには手間も時間もかかりますが、ずれてしまってからでは取り返しがつかなかったり、間に合わないことも多いもの、という側面があるのも事実です。だからこそ、「このまま現状維持でいいか?」を定期的に問い直す習慣が必要なのです。


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横浜国立大学卒業後、経営コンサルティング企業で中小企業の新規事業支援を担当。2006年よりJICAウガンダで職業訓練校を調査し、2007年にベトナムの三井住友銀行ホーチミン支店で法人営業を担当。2010年からICONICベトナム法人にて組織人事コンサルティング事業の立ち上げに従事し、支援した人事制度構築プロジェクトは150件超。2023年、ICONICベトナム法人のGeneral Directorに就任。賃金管理士。ISO30414リードコンサルタント/アセッサー。

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