本日は、特別連載(全10回)「ベトナム賃金管理入門」の第8回をお届けします。
ベトナム給与調査期間中(5月8日~7月31日)の毎週木曜日に、ベトナムでの企業経営における賃金管理の必須知識を掘り下げてお届けしております。
第7回の記事「賃金設計の考え方:自社にとってちょうどいい給与水準とは?(基本の考え方編)」をまだお読みでない方、また読み返したい方はこちらからどうぞ。
前回は、相場データの正しい捉え方や、給与水準を設定するための基本的な考え方をご紹介しました。今回はその実践編として、「実際にどのように給与水準を設定するのか?」という視点から、具体的な事例を交えて賃金設計の具体的な落とし込み方を解説します。
ケース1:立上時の優秀人材採用が最優先のA社
新規事業として現地法人を立ち上げたばかりのA社。この会社にとって最優先の課題は、立上げメンバーとして、優秀なマネジメント層人材を計画通りに採用することです。
▶トータル報酬設計イメージ
- スタッフ層は、標準的な人材の採用でよいと判断し、トータル報酬はP50水準。
- マネジメント層は、優秀人材を計画通りに採用することを最優先し、トータル報酬はP75水準を実現。
- 福利厚生(Benefit)や働きやすさ(Work-Life)など非金銭報酬の充実はまだ道半ばであり、競争力としては当面はP25相当と最低限の水準にとどまることが想定されます。
- 一方で、将来幹部候補としての登用機会や、出張者直伝の技術移管などによる育成機会の豊富さは大きな魅力となりえます。
そのうえで、残された「賃金(Pay)」部分は、スタッフ層にはP60程度、マネジメント層にはP75程度で賃金レンジ設計を行うのが、最も合理的な落とし所と考えました。
ここまでのトータル報酬設計方針をまとめると以下のようになります。
職層 |
スタッフ |
マネジメント |
報酬方針 |
標準者の採用 |
優秀人材の採用 |
トータル報酬 |
標準的(P50) |
高め(P75) |
福利厚生(Benefit) |
最低限(P25) |
最低限(P25) |
働きやすさ(Work Life) |
勤務の柔軟性なし(P40) |
多忙・柔軟性なし(P25) |
キャリア(Career) |
キャリア機会、育成投資が豊富(P75) |
幹部候補としての積極的な育成(P90) |
賃金(Pay) |
やや高め(P60) |
高め(P75) |
▶ 賃金設計への落とし込みイメージ
上記のトータル報酬設計方針をもとに、具体的な賃金レンジに落とし込むと、以下のようなイメージとなります。
労働市場の相場帯(P25〜P75)に対して、どのように自社の賃金レンジを、「目的に応じて敢えてあえて逸脱させるのか」が視覚的に理解できるのではないでしょうか。
▶ この賃金設計の狙いと効果
ケース1のA社の賃金設計の狙いをまとめると、「福利厚生」や「働きやすさ」といった制度面は整っていなくても、「給与水準」と「キャリアの将来性」で惹きつけること。これにより、制度面でのハンディを補いながら、ターゲット人材の計画通りの採用実現という効果を目指します。
ケース2:中堅層の定着・育成が課題のB社
B社では、管理職層のポストが長期勤続者で埋まっており、本来は次世代の主力として育てたい中堅人材が、社内でのキャリアアップの道筋が見えないことで、昇格・昇給余地豊富な他社へ流出してしまうという課題を抱えています。そこで、中堅層が定着したくなるよう、トータル報酬の魅力を高める施策を検討しています。
▶ トータル報酬設計イメージ
- トータル報酬は、中堅層にP50→P75水準までの伸びしろを用意し、「このまま働き続ければ報われる」という期待値を持たせるべく引き上げます。
- 福利厚生や働きやすさといった非金銭報酬は、すでに一定の整備がなされ、P60水準と一定の競争力がある状態。
- 以上を踏まえ、中堅層の賃金(Pay)レンジに絞り、相場より高めのP85程度まで到達できるよう設定し、昇給継続余地を確保。優秀人材であれば、課長層と同格・同水準まで「高度専門家」としてキャリアアップできる環境を整備。育成投資の追加も決定。
ここまでのトータル報酬設計方針をまとめると以下のようになります。
職層 |
スタッフ |
中堅スタッフ |
マネジメント |
報酬方針 |
標準者の定着 |
優秀者の定着・育成 |
標準者の定着 |
トータル報酬 |
標準的(P50) |
高め(P50→P75) |
標準的(P50) |
福利厚生(Benefit) |
標準的(P50) |
充実(P60) |
非常に充実(P75) |
働きやす(Work Life) |
標準的(P50) |
標準的(P50) |
標準的(P50) |
キャリア(Career) |
標準的(P50) |
キャリアパスの拡張、 |
標準的(P50) |
賃金(Pay) |
標準的(P50) |
非常に高め(P50→P85) |
標準的(P50) |
▶ 賃金設計への落とし込みイメージ
上記のトータル報酬設計方針をもとに、具体的な賃金レンジに落とし込むと、以下のようなイメージとなります。
▶ この賃金設計の狙いと効果
B社の賃金設計の狙いは、管理職への昇進ポストが限られていても、次の2つの工夫によって中堅人材の定着とモチベーション維持を図ることです。
- 主任のままでも高水準まで昇給し続けられるよう、昇給余地を広げる
- 管理職への昇進だけでなく「高度専門職」として昇格できるキャリアパスを用意する
これにより、将来の主力となる中堅層が「この会社で働き続けたい」と思える環境を整えます。
最後に
賃金設計は、給与相場に合わせる作業ではなく、自社の課題に合わせてどう戦略的に設計するかを考えることです。
とはいえ、賃金はそれ単体で完結するものではありません。福利厚生・キャリア・働きやすさなどと並んで、トータルの報酬を構成する一要素です。だからこそ、賃金水準は目指すべきトータルの報酬水準から逆算して決めていく視点が欠かせません。
P25〜P75といった相場指標も、「どこを狙うか」「どう逸脱させるか」は各社の戦略次第。
今回ご紹介したA社やB社の考え方をヒントに、次は、自社にとってちょうどいい給与水準を考えてみませんか?
👉 まずはベトナム給与調査2025に参加して、現状把握しませんか?
ご回答協力いただいた企業様には、ベトナム労働市場の給与相場をまとめた要約版レポートを無料で提供します。本調査の回答期限が7月31日までとなっておりますので、ご検討中の方はお早めにお申し込みください。
【ご協力のお願い】2025年ベトナム給与調査のご案内(特典あり)
📍次回予告(第9回)
賃金設計のその先へ:制度を機能させ続けるための「見直し」の視点
賃金レンジを一度つくっても、放置していてはすぐに相場からずれてしまいます。次回は、毎年の相場チェックによる定期点検(=短期の見直し)と、事業方針や人事方針の変化に応じた中長期の見直しという2つの視点から、一度設計した賃金レンジをつくりっぱなしにせず、機能させ続けるための考え方を解説します。