本日は、特別連載(全10回)「ベトナム賃金管理入門」の第7回をお届けします。
ベトナム給与調査期間中(5月8日~7月31日)の毎週木曜日に、ベトナムでの企業経営における賃金管理の必須知識を掘り下げてお届けしております。
第6回の記事「給与レポートの活用法ー代表的な情報源とその特徴」をまだお読みでない方、また読み返したい方はこちらからどうぞ。
前回の第6回では「給与レポートの特徴と使い分け方」について情報源別に整理しました。
今回はその続編として、「では、その給与データをどう賃金設計に活かすのか?」という視点で、自社にとってちょうどよい給与水準の基本的な考え方を解説します。
賃金は報酬(=Total Rewards)の一部にすぎない
まず大前提として、適切な賃金設計のためには、賃金以外の報酬がどの程度の競争力を有しているかを把握することが大事です。
その上で報酬の大きな一部を構成する「賃金」のあるべき水準を設計する、というスタンスが不可欠です。なぜなら、報酬には、賃金をはじめとして、以下のように大きく4つの構成要素があるためです。
- 賃金(Pay):基本給、手当、賞与、報奨金など
- 福利厚生(Benefit):医療保険、社内制度など
- キャリア(Career):昇進機会、育成制度、透明性ある評価制度など
- 働きやすさ(Work-Life):柔軟な働き方、職場環境、ワークライフバランス支援
たとえば、福利厚生が手厚く、育成機会も豊富な企業なら、 賃金は標準的な水準でも十分に競争力が保てるかもしれません。
逆に、賃金以外の各種制度は整っていないが、とにかく人を採用したいという企業であれば、 賃金での勝負が必要になるかもしれません。
つまり、自社が構成するその他の報酬要素とのバランスを見たうえで、賃金の水準を考える必要があるのです。
給与相場データ(P25/P50/P75)の意味を正しく把握する
次に、具体的な賃金設計の考え方に入る前に、給与相場データを読むうえで欠かせない統計指標であるP25/P50/P75の意味や特徴を正しく把握しましょう。
これは、ある職種や職位の給与分布の中で、
- P25(25パーセンタイル):下から数えて25%の位置にあたる水準(=低めの水準)
- P50(50パーセンタイル):ちょうど真ん中、中央値(=標準的な水準)
- P75(75パーセンタイル):上から数えて25%の位置にあたる水準(=高めの水準)
というように、その職種や職位における給与水準の競争力と相場額を立体的に把握するための目安になります。以下の表なども参考に、各指標の意味や特徴を正しく理解しておくことで、どの給与水準が自社に合っているのかを判断しやすくなります。
指標 | 相場感 | 採用可能な 人材の質 |
採用に 要する期間 |
特徴 |
P75 | 高い | 優秀人材の確保も可能 | 短期化しやすい | 高水準の給与水準。市場の競争力が強く、 優秀層を惹きつけやすい。 |
P50 (中央値) |
標準的 | 標準人材の確保が可能 | 標準的 | 最も多く見られる水準だが、 特に「強み」があるわけではない。 |
P25 | 低い | 質を問わない採用 であれば可能 |
長期化しやすい | 人材の質に制約がでやすい水準。 金銭報酬以外の魅力が必要。 |
「標準」ではなく、「戦略的な逸脱」を考える
指標の意味がわかると、つい「P50(中央値)=正解」と考えてしまいがちですが、実際の設計では必ずしもそうではありません。
ここからは、「あえて相場から逸脱する」という戦略的な考え方について解説します。
たとえば、
- 採用や定着が難しい職種・職層では、あえてP50〜P75といった相場帯の中でもやや競争力高めの水準に設定することで、必要な人材の確保を強化する。
- 人員配置数が多く人件費のインパクトが大きい職種では、P25〜P50水準を限界ラインとして、人件費管理を最優先する。
- 事業の中核を担うクリティカルポジション(=事業への貢献度が極めて高い要職)には、P75以上の高水準をあえて設定し、優秀層を惹きつけ、強い組織貢献意欲を引き出す。
といったように、「あえての逸脱」にこそ、各社の戦略が現れていると言えるのです。
では、その「逸脱」をどのように決めればよいのか?ポイントになるのは、自社が何を実現したいのかという目的意識です。
「何を実現したいのか」を明確にする
自社にとってちょうどいい給与水準を考える出発点は、「何のためにその水準を設定するのか」という目的意識です。
「中堅層の離職率を下げたい」
「幹部候補のやる気を引き出したい」
「ジュニア層の採用ペースを加速したい」
といったように、賃金設計によって遂げたい目的を明確にすることが重要です。
そのためには次の2つのステップを踏んで考えてみると分かりやすいでしょう。
ステップ1|職種×職位のマトリックス上で、対象となるセグメントを切り分ける
ステップ2|各セグメント毎に、賃金設計の目的を明確にする
なお、賃金設計の目的はざっくりと、以下の3タイプに分類されます。
- 採用の強化(=社外の視点が強く影響)
→賃金レンジの下限値を意識して設計する - 定着の強化(=社内外の視点が同等に影響)
→賃金レンジの上限値を意識して設計する - 社員の働くモチベーションの向上(=社内の視点が強く影響)
→各職層間の賃金レンジの幅の長さや格差感を意識して設計する
このように、目的が明確になると、「何を基準にどこを調整するか」という賃金設計時の具体的なポイントが自然と定まっていきます。
最後に
これまでのポイントを踏まえて、賃金設計の基本姿勢をまとめましょう。
P25/P50/P75といった給与相場の数値は、あくまで参考のひとつです。
大切なのは、「どの水準が正解か」ではなく、「自社の戦略としてどの水準を採用するか、または、敢えて逸脱させるか」という意思決定です。
そのために必要なのが以下の3つの視点。
- 相場の意味や特徴を正しく理解し、
- 自社の課題や制度、社員構成をふまえたうえで、
- 人事戦略としての目的を賃金設計に落とし込む。
これを元に意思決定をすることこそが、賃金設計の基本的な考え方です。
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📍次回予告(第8回)
賃金設計の考え方:自社にとってちょうどいい給与水準とは?(事例解説編)
次回は、今回ご紹介した「賃金設計の基本的な考え方」に基づき、実際にどのように給与水準を設定していくのかを、事例を交えて具体的に解説します。報酬全体のバランスを見ながら、賃金設計の目的をどのように具体案に落とし込むのかの実践例をお届けします。