2025-10-23

【連載第3回|ベトナム給与相場を読み解こう】給与相場データをどう活かすか:報酬戦略につなげる実践ステップ

本日は、特別連載(全3回)「ベトナム給与相場を読み解こう」の最終回をお届けします。
ICONICが10月2日に発刊した最新版『2025年版ベトナム給与統計レポート(詳細版)』の調査結果をもとに、ベトナムにおける「給与相場のいま」と「正しい相場情報の読み方」を毎週木曜日に掘り下げて参りました。

第1回では「静かに進むベトナム給与相場の地殻変動」を、第2回では「数字に振り回されないための給与相場の考え方」を解説しました。 

最終回は、第2回で解説した「自社の軸」をもったうえで、実際に相場データをどう読み込み、どう使うかの全体像を整理していきます。つまり、相場データを「読む」から「使う」へ。報酬戦略につなげる実践フェーズです。

相場データに向き合い、これを的確に読み解き、自社の報酬戦略に上手に活かしていくためには、押さえておくべき3つの視点があります。以下では、その3つのポイントを順に整理していきます。


ポイント1|どのマーケットと比較すべきか?


相場データを見るときに、最初に確認すべきは「どのマーケットと比較すべきか」です。

たとえば製造業のワーカー層であれば、重要なのは「同業界」よりも「同地域」であることが多いです。すべてがそうとは言いませんが、工場ワーカーは経験や専門知識よりも通勤距離や地元採用のしやすさが採用・定着のカギになりやすいため、 同一工業団地や近隣地域といった比較的狭い地域軸での賃金比較が実態に叶うケースが多いのです。

一方で、バックオフィス系やオフィス職種、たとえば会計、人事、総務、ITアドミンなどは、業界をまたいで転職が可能なうえ、通勤バスなどの支援があるケースも多々あり、より広い地域軸で業界横断的に相場を見る方が実態に合致します。

つまり、賃金比較の軸は、採用側の業界認識に基づくのではなく、人材側の流動性の実態で決めるべきなのです。狭い範囲のデータだけを見て「うちは相場並み」と判断していると、実はより広域で転職可能な層とのギャップに気づかず、優秀人材を引き抜かれることも起こりえます。


ポイント2|自社のポストをどの市場ポストと突合すべきか?


次に大切なのは、「自社のポストを市場データ上のどのポストと突合するか」です。

たとえば「営業課長」の給与を比較する場合、単に「営業課長」同士を並べればよいかというと、必ずしもそうではありません。「課長」という呼称が同じでも、会社によって「役割レベル」に差があることが多いためです。

実際にはシニアスタッフ相当の役割しか担っていないのに「課長」と呼ばれているケースもあります。この状態で市場データ上の「課長」と比較すると、当然「うちは低い」という結果になります。その結果、数字だけを根拠にした給与交渉が発生し、労使双方に納得感のないやり取りに発展することも少なくありません。

このような事態を避けるためには、「呼称」ではなく「役割レベル」で突合することが重要です。つまり、「一般的な課長に期待される役割をどの程度果たしているか」を基準にし、どの役割部分が一般的な水準に到達する上での伸び代かを具体的に整理したうえで、役割成長と処遇成長をリンクさせた対話へ導くことが、実務上の健全かつ建設的な運用です。


ポイント3|統計値の正しい理解:P25・P50・P75の捉え方


相場データには、代表的な指標として「P25・P50・P75」といったパーセンタイル値が使われます。これは、全体分布の中での位置を示すもので、

  • P50:最も標準的な水準(中央値)
  • P75:上位25%に位置する高水準
  • P25:下位25%に位置する抑制的な水準

を意味します。

ここで誤解してはいけないのは、P50に合わせる=競争力があるわけではないということです。P50はあくまで「平均的な会社と同じ位置」に立つことを意味し、採用・定着面で優位性を確保したいなら、戦略的にP50を超える水準を狙う必要があります。

また、最近ではP90やP10といった、上下端に極めて近い水準を意図的に活用する企業も増えています。とくに社員数の少ない中小企業では、この考え方が有効です。

たとえば、通常相場帯とされるP25〜P75のボリュームゾーンから更に下のP10付近に位置づけられていても、数名の配置数のみでよく、現職者が安定的に定着しているなら、必ずしもP25まで引き上げる必要はありません。逆に、会社に一枠しかない本部長ポストのような要職であれば、あえてP90付近まで引き上げて離職を確実に防止する、という判断も十分に合理的です。

大企業では、ひとつのポストの給与水準を上げるだけでも数十人・数百人規模で影響が波及するため、機動的な調整が難しいのが実情です。 一方、中小企業では、こうした柔軟でメリハリの利いた処遇設計を機動的にとることで、報酬戦略面の強みとして活かすことができるのです。


相場データを「読む」から「使う」へ


第2回で整理した「自社の軸」を持ったうえで、今回見てきた3つの視点、

  1. 比較すべきマーケットセグメントの特定
  2. 自社ポストと市場ポストの正しい突合
  3. 統計値の意味を理解した上での戦略的水準設定

をふまえて相場データに向き合うことで、数字の羅列にただ惑わされて終わるのではなく、「自社はどこに位置しているのか」「どこを目指すのか」が明確になるのです。

以上、3回にわたる本連載を通じて、皆さまがベトナムの給与相場を「数字」ではなく「戦略」として捉え、より確かな人事判断につなげていただければ幸いです。

ご愛読ありがとうございました。


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横浜国立大学卒業後、経営コンサルティング企業で中小企業の新規事業支援を担当。2006年よりJICAウガンダで職業訓練校を調査し、2007年にベトナムの三井住友銀行ホーチミン支店で法人営業を担当。2010年からICONICベトナム法人にて組織人事コンサルティング事業の立ち上げに従事し、支援した人事制度構築プロジェクトは150件超。2023年、ICONICベトナム法人のGeneral Directorに就任。賃金管理士。ISO30414リードコンサルタント/アセッサー。

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