2026-07-17

最終回|給与相場データの「防ぐ」機能と「攻める」機能

前回は、「賃金管理のプロが推奨する、昇給案稟議資料の作り方」というテーマを整理しました。まだお読みでない方、また読み返したい方はこちらからどうぞ。


賃金決定を支える社内外の視点

賃金決定は、社内外の視点のバランスの中で行われます。

「社外の視点」とは、市場の給与相場と自社水準を対比させ、競争力のある水準かどうかを確かめることです。

一方「社内の視点」には、社内の賃金バランスや公平性という人事的な観点と、経営として許容できる人件費予算の範囲という財務的な観点、という2つの側面があります。

給与相場データは、このうち「社外の視点」を支えるものです。残りの社内の2つの視点と組み合わせて初めて、賃金決定の根拠として機能します。逆に言えば、社外の相場データなしには、社内外の視点のバランスを正確に取ることができません


「防ぐ」機能|相場データなき判断が招くリスクから企業を守る

給与水準に関する判断を感覚や前例だけに頼っている場合、問題が表面化するのは後手になってからであることが多いです。優秀な人材が離職したとき、採用活動で内定辞退が続いたとき・・・。その時点ではじめて、自社の給与水準が市場から乖離していたことに気づく。そのような経験をお持ちの方も少なくないのではないでしょうか。

給与相場データを手元に持つことは、こうした後手の対応を防ぐうえで有効です。

① 優秀社員の離職を防ぐ

職種・等級ごとに市場のどのパーセンタイルに位置しているかを把握していれば、離職リスクが高まっているポストを事前に察知し、手を打つことができます。感覚ではなくデータで現状を把握することが、対応の起点になります(※離職コストの試算については第7回参照)。

② 社員の誤解を防ぐ

社員から給与に関する問い合わせを受けた際、「市場を参照した結果、このレンジに設定している」という説明が成り立つのは、根拠ある水準設定があってこそです。データなき説明は、誤解や不信を生む温床になりかねません(※給与の透明性については第8回参照)。

③ 感覚頼りの経営判断を防ぐ

「市場より低い気がする」という感覚ではなく、「現在25パーセンタイル水準にあり、主要競合は50パーセンタイル前後に位置している」という客観的な現状提示があれば、意思決定者との議論の土台が整います。データがあることで、昇給案稟議の質と説得力が変わります(※昇給案稟議の組み立て方については第9回参照)。


「攻める」機能|相場データを起点とした能動的な賃金管理

給与相場データの活用は、リスク回避にとどまりません。データを持つことで、受け身の対応から一歩進んだ、能動的な賃金管理が可能になります。

① 採用競争力を意図的に設計する

「市場中央値に合わせる」のか「上位水準を目指す」のかは、事業フェーズや人材戦略によって異なります。データがあってこそ、自社がどの給与水準を狙うかを意図的に選択できます。加えて、職層・職種によって実質的な競合相手が異なることも重要です。ワーカー層は地域内の業種横断、バックオフィス職種は業界を超えた広い範囲、管理職層は同業内が競合の主軸になるなど、職層ごとに参照すべき市場の範囲が変わります。適切な比較対象を選んだデータに基づいて給与水準を設計することが、採用競争力の精度を高めます(※人材市場の競合範囲については 第4回参照)。

② 人件費をメリハリをもって配分する

事業上の優先度が高い職種には厚く人件費を配分し、そうでないポストとの間でメリハリをつける。こうした人件費配分判断の合理性を示す根拠となるのが、職種別・等級別の相場データです。また、給与の総額水準だけでなく、基本給・手当・賞与といった報酬構成(Pay Mix)が市場の慣行とどの程度合致しているかも、データなしには判断できません。総額が市場並みでも、配分の組み方が実態と乖離していると、採用や定着の場面で競争力を損なうことがあります(※Pay Mixについては第5回参照)。

③ 意思決定スピードを加速する

経営会議や本社との協議において、データがあるかないかで議論の進み方は大きく変わります。客観的な市場対比データを起点とした議論は、定性的な感覚論に終始する議論より格段に前に進みやすく、社内の意思決定サイクルそのものを速める効果があります。


おわりに ~給与相場データが労使双方に果たす役割~

賃金管理を専門領域として15年以上向き合ってきた中で、一貫して感じてきたことがあります。それは、「賃金決定とは、労使関係を成り立たせる結束点となる数字である」ということです。企業にとっては、事業計画を実現するために必要な人材への人件費投資に対して、持続的に十分なパフォーマンスが得られるかという経営上の判断であり、社員にとっては、自らの人材価値と貢献が金額としてどう評価されているかを示す数字です。

だからこそ、根拠ある給与相場情報のもとで賃金決定がなされることは、一方に過度に偏った労使関係を防ぎ、労使が対等に向き合える土台をつくります。この土台が保たれることは、双方の賃金決定に向き合う心境にも直結します。経営者にとっては、合理的な根拠のもとで人事判断を下せることが、昇給交渉の精神的なプレッシャーを和らげるだけでなく、その後の事業計画の実現に自信をもってまい進する力になります。社員もまた、自身の貢献が相場に相応に見合ったかたちで処遇されることで、翌期への前向きなワークモチベーションが生まれます。

それは、健全経営の企業において人材もまた健全に活かされる社会へと導くものだと、私たちICONICは信じています。1社でも多くの企業が、自社の賃金管理のワークフローの中に外部の給与相場データを参照する工程を組み込むことで、ベトナムの健全な雇用環境に貢献したい。その思いで、給与相場情報を集めて健全な賃金管理に向けた参照情報として提供しています。

この連載にお付き合いいただいた皆様におかれましては、ぜひ本調査の主旨にご賛同いただき、ベトナム給与調査2026へのご回答協力をいただけますと大変幸甚です。

これまで全10回にわたり、本連載をお読みいただき、誠にありがとうございました。ベトナムの地で人と組織に向き合うすべての方々のご参考に、少しでもなれたなら幸いです。

引き続きICONICをよろしくお願いいたします。


最新のベトナム給与相場をデータで知るために、ぜひ給与調査にご参加ください。

昇給案稟議の説得力は、使用する市場データの信頼性に直結します。ICONICが実施するベトナム給与調査2026は、幅広い業種・職種の実支給データをベトナム全土から収集しており、職種・等級・パーセンタイル別の比較が可能です。「市場データに基づく客観的な根拠」として、稟議資料にそのままご活用いただけます。参加企業はサマリーデータを無料で閲覧可能です。ぜひご参加をご検討ください。 

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横浜国立大学卒業後、経営コンサルティング企業で中小企業の新規事業支援を担当。 2006年よりJICAウガンダで職業訓練校を調査し、2007年にベトナムの三井住友銀行ホーチミン支店で法人営業を担当。 2010年からICONICベトナム法人にて組織人事コンサルティング事業の立ち上げに従事し、支援した人事制度構築プロジェクトは150件超。 2023年、ICONICベトナム法人のGeneral Directorに就任。賃金管理士。 ISO30414リードコンサルタント/アセッサー。コーネル大学ILRスクール/報酬・福利厚生プログラム修了。

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